L'art de viestudio
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2026.09.19

設計事務所が、AIと一緒に業務システムを作るまで

#AI

当社では今年の5月から、自社の業務システムを自分たちで作っています。外皮性能計算書やダクトの圧損計算など、設計事務所の業務で使うアプリが、141日で28個になりました。使っているのは、自社と協力会社をあわせて5人です。

9月19日の勉強会で話した内容を、記録として残しておきます。数字はすべてその時点の実測です。

いま動いているもの

monosashi と呼んでいます。自社と協力会社だけで使っていて、外部への提供はしていません。

  • 計算 — 外皮性能計算書/Detail&Calc/構造計算/ダクト圧損計算
  • 図面・情報 — 基礎詳細図/モデラー/図面リスト/図面マスター管理/MaterialPedia/仕様DB
  • お金 — 見積/経理/立替金台帳/外注管理
  • 現場・進行 — 工程表/施工写真/施主要望/業務マニュアル
  • やりとり — Inbox/Mail/LINE/チャットドキュメント/共有リンク台帳
  • その他 — 書類ガッチャンコ/フリーボード/自社サイト/ウェアハウス/システム管理

一覧にある「構造計算」は、既存の計算を照合するペアチェックの帳票を作るものです。確認申請に出す構造計算書を作るものではありません。判定はすべて式が出していて、AIは所見の文章しか返しません。

規模は、5月1日から141日、手を動かしたのは113日、2,440コミット、TypeScript で341,135行です。設計事務所の人間ひとりで作りました。

この28個は最初からあったものではありません。初日に作ったのは案件の一覧と材料データベース、AIの入力欄の3つだけ。1か月で11個になり、そのあとは月に1〜3個です。計画したものではなく、困ってから足しました。

何を作るべきかを知っているのは誰か

「何を作るべきか」を知っているのは誰か — ソフトを作れる人と、建築をやっている人の対比

ソフトを作れる人には、作る技術があります。ただ、UA値計算のどこが面倒か、構造計算の入力のどこを自動化すべきか、換気や空調で何を判断材料にするかは、外からは分かりません。建築をやっている人はそれを知っていますが、従来は作れませんでした。

いま起きているのは「プログラマーがAIで速くなった」ことではなく、「専門家が、自分の仕事に要るソフトを自分で作れるようになった」ことだと思います。大事なのはAIの答える力ではなく、計算のロジック、データ、画面、確かめ方を、自分の手で固定できることのほうです。

何で作って、どこから始めるか

最初に断っておくと、私はほとんど何も選んでいません。土台の TypeScript、Next.js 16、React 19、Tailwind CSS 4、ESLint 9 は、どれも create-next-app というコマンドが最初から入れたものです。Tailwind の設定ファイルは一度も作っていません(Tailwind 4 は設定ファイルを持たない作りです)。外部の部品は48個ありますが、自分で決めたのは Supabase と Vercel の2つだけ。最初に決めることは、思っているより少ないと感じました。

何で作るか — create-next-app が最初から入れた5つと、自分で決めた2つ

任せているサービスは3つです。

  1. GitHub — 書いたものを置く(コードと、変更の履歴)
  2. Vercel — 公開して、動かす
  3. Supabase — データを持つ(データ・ログイン・ファイル)

この3つは、互いの繋ぎこみがほとんどいりません。

どこで動かすか — GitHub・Vercel・Supabase の役割

複数の会社が1つのデータベースを安全に使えるのは、Supabase の「行ごとの鍵」(RLS)によります。行ごとに「どの会社のものか」を持たせ、画面ではなくデータベースが拒みます。

何もない状態から最初の画面が出るまでは、誰でも同じ6手順です。

  1. アカウントを3つ作る(GitHub / Vercel / Supabase)
  2. 手元に Node.js を入れる(公式サイトから入れるだけ)
  3. 雛形を作る(コマンド1行)
  4. GitHub に置く(ここから履歴が残ります)
  5. Vercel に繋ぐ(リポジトリを選ぶだけ)
  6. Supabase の鍵を渡す(環境変数を2つ)

何もない所から最初の画面が出るまでの6手順

ここまでで、自分のURLに画面が出ます。あとは push すると検査とビルドが自動で走り、2〜3分で本番に出ます。

かかっている費用

項目金額備考
GitHub0円Private リポジトリが無制限
Vercel Pro$20/月公開して動かす。閲覧する人の席は無制限で無料
Supabase Pro$25/月データ・ログイン・ファイル。組織単位の課金
土台(固定)$45/月人数が増えても変わらない
AIの利用料約$70/月使った分だけ。直近30日で約1,800回
合計約$115/月1ドル=156.26円(2026-09-18)で、月およそ18,000円

土台の3つは固定で、人数が増えても変わりません。増えるのはAIの利用料だけです。税と独自ドメイン(.space が年3,958円)を足しても、土台の上限は月およそ8,100円でした。

無料プランは業務には使えません。Vercel の Hobby は公式に非商用のみとされ、Supabase の Free は7日使わないと停止します。

kintone はスタンダードコースが1ユーザー月額1,800円(税抜)・最小10ユーザーからなので、5人の当社では月18,000円です(2026年9月19日に公式の料金ページで確認)。値段はほぼ同じで、AIが使えるかどうかも差になりません。違ったのは、人数が増えても土台の費用が変わらないことと、構造計算や外皮性能計算のような専門の計算を自分で作れることの2つでした。安いから作った、ではありません。

AIへの頼み方

新人にマニュアルを渡すのと同じことをしています。毎回口で言うのは、この4点です。

  • 意図 — なぜ要るのか(例: 見積を物件ごとに呼び出せない)
  • 期待する動作 — 何が起きれば成功か(例: 物件を選ぶと過去の見積が出て、コピーして直せる)
  • 完了の定義 — どうなったら終わりか(例: □物件Aの見積が物件Aの見積タブに出る □既存のデータを変えない)
  • やってはいけないこと(例: 既存の書類を書き換えない)

うまくいかないときは、だいたいこの4つのどれかが抜けています。いちばん効くのは「完了の定義」です。これがあると、AIは自分で確かめてから「できました」と言うようになります。

一度書いて置いておくものもあります。CLAUDE.md が855行、SYSTEM_CONTEXT.md が473行、docs が85本。AIは長い話を覚えていられないので、毎回これを読み直させます。一度2,187行まで膨らんで読み切れなくなり、855行に戻しました。厚すぎるマニュアルを人が読まないのと同じです。

計算しているのは式で、AIではありません

ふつうのAIの使い方といちばん違うのは、AIに直接きかないところです。

きく先答えの出どころ同じ入力で同じ答えになるか
AIに直接きくAIがその場で作る毎回ちがう
ソフトに載せたAIにきくソフトの式・表・基準毎回おなじ

計算しているのは式。AIではない — 式が出しているものと、AIがいる場所

コードの98%はAIが書いています(AI名義のコミットで入った行が442,897行、それ以外が8,144行。数えているのは誰がコミットしたかで、誰がタイプしたかではありません)。だからこそ、AIが書いたものをそのまま成果にはしません。計算はすべて式に固定し、テスト1,863件で確かめてから使います。構造(断面欠損・水平構面・べた基礎FEM)、外皮のUA値・ηAC値(告示の丸めも定数です)、断熱の部位U値、ダクトの圧損、見積と請求の金額・消費税。どれも計算経路にAIの呼び出しは0件、乱数も0件です。残りの1.8%も履歴の都合で作者の記録が落ちたもので、手で書いた証拠ではありません。

崩しにいっても崩れませんでした。べた基礎のFEMは、別プロセスでも設定を変えても11.2MBの結果ファイルがバイト列まで一致します。外皮のUA値・ηAC値は並べ替え7万通りで割れが0、構造の検定比とOK/NG判定は63構成120ケースで差が0でした。

ただし、必ず同じになるわけではありません。崩れるところが3つあります。①ブラウザをまたぐと、構造帳票の「最大が出た位置」の座標だけ変わります(検定比と合否は変わりません)。②材料マスタのλを直すと、版を固定していない断熱のU値は開き直しただけで動きます。③書類の発行日と番号は押した時刻で決まるので、そもそも一致しません。

AIがいるのは入口と出口だけです。入口は紙から数字を書き写すところ、出口は所見を書くところ。AI秘書に出している道具は16アプリぶんで34本ありますが、全部「読み取り」です。ペアチェックのAIは文章しか返さず、返り値に数値の欄がありません。だから検定比も許容値もOK/NGの判定も、AIには動かせません。

AIの見立てを使った帳票は、1ページ目に「ルール照合+AIの見立て」と印字し、指摘ごとに「AIの見立て」とラベルを付けています。

画面から頼んで内容が変わるものは27本あり、すべて承認の画面を挟みます。人の承認なしで確定するのは3つだけで、メールとLINEの自動仕分けと、金額の検算が通った立替金です。図面・構造・外皮・請求の数字は、人が承認しないと入りません。

AIに開けている口は5つです。①名乗る ②案内する ③中身を読む ④変える案を出す ⑤見ている物が分かる。動いているのは①②で、③④⑤はまだ一部です。AIの呼び出しは30日で約1,800回、うち秘書に話しかけたのは85回でした。

どこまで行くか

どこまで行くか — AIを使うから、専門業務をアプリ化するまでの6段階

  1. AIを使う
  2. AIにコードを書かせる
  3. AIと一緒に、自分用アプリを作る
  4. Webアプリとして実際にデプロイする
  5. DB・認証・API・AIまで組み込んで継続運用する
  6. 自分の専門業務をアプリ化して、日常業務を変える

②と③の間に、まだ距離があります。形にするだけなら、数年前とは比べものにならないほど簡単になりました。つまずくのはその先です。データの持ち方、ログイン、公開、ドメイン、バックアップ、版の管理、不具合対応。私もここで何度も止まりました。

その点、Webアプリはこの流れと相性がいいと感じています。審査がいらず、URLを開くだけで使え、PC・Mac・iPad・スマホのどれからでも動き、直せばその場で全員に反映されます。

数年後には、Excelで自分用の計算表を作るのと同じ感覚になる可能性は高いと思いますが、いまはまだそこではありません。

ちなみに、この記事も Markdown で書いて、そのまま公開しています。勉強会で使ったスライドは手元にありますので、ご興味のある方はお声がけください。

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